マリー・アントワネットのせい?★テレ会

私は「マリア・テレジア」を知ったときからずっと尊敬しています。そして「ハプスブルク」という語音が何故かとっても好きなんですよね(笑)昨日またふと「ハプスブルク」が浮かんだのでなんとなくマリー・アントワネットの話でも読んでいたら、シンクロしました!

たくさんの映像が浮かびました。

中でも最初にハッとした印象的な場面だったのが
マリー・アントワネットの父「フランツ1世」
がこの世を去ったとき。

悲しみもあるが、どちらかと言えば
この先の将来への不安がとても大きかった。

小さいながら、
ただならぬ何かを感じとっていた。

父の部屋なのか、ある部屋の前で
抜け殻のように呆然と
立ち尽くしている彼女が視えた。

 

マリー・アントワネットは、
その浪費癖から国の財政を悪化させたとして
裁判にかけられ処刑された、
「フランス革命」の象徴でもあります。

 

でも私が視た彼女の最後は、
とても白いその肌に涙はなく
堂々と強く凛とした目つきで
恐怖心なしに存在している姿だった。

…その瞬間、首は切られた。

 

何かを読んでいるとき、
無の言語でハッキリと

「自由の象徴だった」

 

という言葉が聞こえた(感じ取った)。

 

あの時代のフランスでは、
マリー・アントワネットは
「不自由の象徴」だった。

この人のせいで私たちは苦しいんだって。

だから彼女を処刑したことで
彼女が「フランスの自由の象徴」になった。

 

でも霊的に視るとまるで逆でね、

とても苦しい生活だった当時のフランスでは
マリー・アントワネットはみんなの心にある
【本当の自由】の象徴だった。

好きなときに好きなことをして遊んでいた。

プライベートな空間では、
自分が王妃だからってみんなに
そういう態度を強制しなかった。

だから彼女が現れても、
みんな手を止めて立って挨拶して…
ってことはなく、
周りの人も自由だった。

小さな田舎を再現して
田舎暮らしを楽しんでみたり、
夫以外の男性を愛した彼女は
不倫もした。

 

それを当時のフランスの
一般市民が許さなかった。

のは、彼女は敵も多く
「人に媚を売ってまで好かれたくない」
という個性から城内ではよく揉め、
その人たちの主導で噂は広がり
一般市民にまで目の敵にされ

「フランスが貧しい理由」を背負わされた。

 

実質、国の財政が傾くほどのお金を
彼女は持っていなかったという
意見も調べるとあります。

裁判前から処刑は決まっていたため
開かれた裁判はただの“形”だったという
説もあるようです。

(本当かどうかは知らないけどねw)

それが本当なら何も調べられずに
処刑されたということになりますね。

 

彼女の魂とシンクロしているとき
とても強い気持ちが伝わってきたんです。

処刑台に立ってもなお、

「私は何も悪いことをしていない」

という反省の色、一切ない堂々とした心(笑)

 

すっごくかっこよくて尊敬しました。

 

私はね、貧乏自慢なら山ほどあるってくらい
マリー・アントワネットのように
贅沢できるわけではないんですよ。

でも貯金はできなくて (てか、しない)
お金あると好きなことにすぐ使っちゃうし

やりたい・食べたいものがあって買えないと
「何か代用できないか」って考えて
知恵で周りにあるもので
好きなものを諦めずに自分に与えます。

大好きなティータイムは
どんな生活であろうと絶対する(^^)

自分の好きなことに無駄なものは
何一つない、と考えています。

 

お互いご近所同士
助け合うとか分け合うとか
今の時代田舎でできていることを
実践しようともしないで、
誰かのせいにしたことが
【本当のフランス市民の貧しさの現れ】
だったと今なら思います。

それは「自分ではない誰かが、
自分を幸せにしてくれる」
っていう考えが根本にあるから。

 

人が1人死んで
自由になれるはずがありません。

貴族たちより、
一般市民の方が圧倒的に人数多いんです。

 

私は一連のこの体験をして思ったのが、

「人に嫌われないように
謙虚に生きる。

…のではなく(^_-)-☆

目の前にお金持ちで自由な人が現れたら
それは自分の鏡として自分もそうなれる!
って思える人でいたい。」

 

と思いました。

これはテレパシー会中に話したことでもあったので
「★テレ会」の部類に入れました(^_-)-☆

<fin.>

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