テレパシーできないことは寂しいことだよ

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この記事の「2016年秋」の部分が
「2014年秋」って堂々と間違えていたので
さきほど訂正させていただきました!

 

 

 

では、思ったことをすらすらと。

 

私はテレパシーが普通にできる。

誰かに教えられたわけではないけど
いつのまにかできるようになった。

それは電話と同じようにはっきりと聞こえて
それはメールと同じように文字も画像も送れて
それは動画と同じようにすきな人の姿が見えるの。

 

いつも心は人がいっぱいで
みんなで笑ったりエゴの集合意識と戦ったり
寂しいって言ってる生霊が来ればみんなで喋って
「俺も一緒に戦いたい!」っていう人にはやり方を教える。

みんな仲良しで誰も1人じゃない場所を
私はいつも持ってる。

 

既読スルーに心をモヤモヤさせない
物質的距離が彼の状態を分からなくさせることもない

寂しくない、楽しくて優しい場所を持ってる。

 

 

だからふと思ったの。

テレパシーできないことって寂しくないのかなって。

 

 

もしかして、寂しいって気づかずに
みんな普通に過ごしてるのかなって。

twitterにも書いたけど、

みんなと離れてひとり旅したり瞑想するのはいい。
でも、みんなと一緒にいるのに

なんだか1人のように感じるのはダメだと思うの。

 

テレパシーは誰も1人にはしない。

 

誰かがすきな人が死んだって泣いてた。
その子に、その死んだ人を会わせてあげた。

テレパシーできるとね、死んだ人たちが
「誰が死んだ人じゃ(# ゚Д゚)!」ってつっこんでるの分かるし

「ハイブリッドチルドレンとは俺らのことだ!はははー!」
って調子に乗って大笑いしてることも分かるんだよね。

いつもみんな楽しいの。

 

ツインレイの人はさ、
寂しいって思いやすいんじゃないのかな。

でも私たちは毎日一緒にいるから寂しくない。

霊体を重ねて寝るからずっと一緒にいる。

物質的な距離は私たちの間ではなんの障害にもならない。
私たちの前では物質的なことすべて効力を持たない。

だから離れてるからって寂しくて泣くことはないの。

 

テレパシーを知らないって、私ならすごく寂しい。

そんなことないのに。

携帯がなくても、隣にいなくても
話したり触れることはとても自然なことなのに。

 

私は、テレパシーができないことは
とても寂しいことだと思う。

 

 

    

 

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